無限の猿定理(むげんのさるていり 英: infinite monkey theorem)とは、時間をかければランダムに打ち出された文字列から意味のある文章が出る、とする定理である。ランダムから生まれる偶然の可能性、可能性というものの限界を考えさせてくれる問答でもある。
概要
たとえば、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの有名な著作に『ハムレット』とか『ロミオとジュリエット』とかが存在する。これらは演劇の原作なので当然それなりに長く、また劇作家が頑張ってひねり出した表現がふんだんに使われたものである。それをタイプライターの前に猿を固定して、膨大な時間をかければシェイクスピア作品の完璧なコピーを生成できるという、割と無茶苦茶だが理論上できなくはない定理である。
猿でもできる!簡単シェイクスピア作品作成法!
1. 猿とタイプライターを用意し、タイプライターの前に猿を固定します。
2. 拘束された猿が怒りに任せてタイプライターの鍵盤をウキーウキーとぶっ叩きます。
3. 猿がぶっ叩いたことにより、文字がランダムに出力されてきます。試しに今ここにいる猿に数秒間打鍵させてみます。
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4. するとあら不思議、よく見ると意味のある単語が見えるではありませんか!(マジで偶然です)
つまりランダムに打ち込んでも意味のある単語が出ることが証明できるのです。
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5. 数秒でこれだから、もっともっと長大な時間をかければ単語が連続することも出るし、それが続いて意味のある文章になることもある。
6. さらにもっともっともっと気の遠くなるような時間をかければ、シェイクスピア作品のどれかと同一のものが必ず出来上がるのです。
7. とにかく時間をかければできあがり。
8. 完成です! あとは役者と劇場を用意して演劇を始めましょう! チラシに「脚本家:猿」と書くのもお忘れなく!
どういうことなの
勿論ここで言う猿とは、あくまでもランダムタイピングの換喩であり、上記のように本物の猿を想定する必要は無い。
さて上記で登場した「fairy」という単語は、小文字だけで26種類あるラテン文字(実際には記号が混じっているが割愛)が5つ連続して出来たものである。本当に完全ランダムで26種類の文字が打ち出された場合、この文字列が出現する確率は1/26 × 1/26 × 1/26 × 1/26 × 1/26 = 1/11881376(一千万分の一未満)という、TASさんもビックリの超低確率になってしまう。それでも時間さえかければ再現可能だとして、さらに長い文章(=さらに低確率)でも時間さえかければ作成可能だ、とするのがこの定理である。シェイクスピア作品に限らず、無制限に時間さえかければランダムタイピングでこの世のすべての文章を再現できるという。
(注意:高校数学の話になるがfairyという5文字がランダムに成立する確率は確かに1/11881376であるが、5文字の何かしらの意味のある言葉がランダムに成立する確率はさらに5文字の単語のパターンという場合の数が積算されるので、成立し易くなる。)
低確率なものが実現しにくいことは当然のことだが、この定理は「時間をかければ」という前提がある。確率がゼロではないのだから、試行回数さえあれば「出来ない」ということはあり得ない、ゆえに100%可能である、というものである。あくまで「時間をかければ」という前提、それも宇宙が終わってもなお続けるほどの無限に近しい時間があることが前提である。
この定理の起源は明確ではないが、おそらくタイプライターが普及した20世紀初頭くらいから言われだしたとされている。タイプライター登場以前にも同じような問答は存在していたようで、古くは紀元前のアリストテレスやキケロ、後にパスカルなどの近世の哲学者も、当時の状況になぞらえて言及している。
この例えの真意は不明だが、統計学や生物学、宗教や芸術といった色々な切り口で考察されてきた。この定理を「超低確率でも不可能ではない」と受け取るか、「実現しえないものをできるかのように見せる詭弁」と受け取るか、はたまた別の視点[1]を見出すか、今後も色んな考察を生みだしてくれることであろう話である。
実際にやってみた
2003年、イギリス・プリマス大学の研究チームが動物園にいる本物の猿たちにキーボードを与えて実験してみたところ、「S」のキーばかり押されてしまい、結果としてやはり猿は乱数生成装置として向いていないということがわかった。あくまで例えは例えでしかない。
その一方で、コンピューター上のシミュレーションで無限の猿定理の唱える「シェイクスピア作品の再現」を実現してみる実験も各地で行われている。実際にランダムで文字を出力するプログラムは比較的簡単にできるようだが、それをリアルタイムで動かしていては本当に無限に近い時間が必要になってしまうので、その多くは仮想空間上に多数の理想的ハイスペック猿を同時稼働させる時間短縮の工夫が使われている。この実験での現時点の最高記録は、2004年に確認された「シェイクスピアの作品『ヴェローナの二紳士』の冒頭と一致する19文字が、猿一匹に換算して約4溝2162穣5000垓年[2]分の労力をかけて出力される過程がシミュレーションできた」という結果である。猿がシェイクスピアになる日はまだまだ遠い[3]。
関連動画
関連商品
R・A・ラファティ『寿限無、寿限無/Been A Long, Long Time』(1970)で直球のテーマとして使われている。ラッセル・マロニー『頑固な論理(不変の理論)/Inflexible Logic』(1940)も一応これに該当 (大英博物館にある本を全部書き上げさせるという表現になっている)。
関連コミュニティ
ものすごく長い時間をかければ無限の猿定理に関するニコニコミュニティが発生するはずです。
関連項目
- 猿 - この定理のせいで責任転嫁をうけるかもしれない可能性の獣
- ウィリアム・シェイクスピア - 特に意味もなく引き合いに出された可哀想な人
- タイプライター / キーボード / シフトキー
- ボゴソート
- ランダム / 乱数 / 乱数調整 / TAS
- ジョークRFC - 2000年エイプリルフールに発表されたRFC2795「無限猿プロトコルスィート」が該当
- 数学 / 数学関連用語の一覧 / 定理
- 統計学 / 確率 / 可能性
- 巨大数 / 数の単位一覧
- やってみた / シミュレーション / 動物虐待
- <哲学> / 奇偶 / 奇遇 / 奇跡 / 情報 / 永久
- 可能性が微粒子レベルで存在している
- 乱数P
外部リンク
脚注
- *たとえば、猿がタイピングをする過程に価値はなく、猿が作った無数の失敗作の中から一つの作品を選び出す過程にシェイクスピアの価値が宿るという考え方もできる。
こういう見地に立てば、2020年代から増えた「AIが生成した〇〇が××」といった話題も、「AIが生成した複数の結果の中からうまくいったものを選別する」とか「ネットニュースとして紹介され話題になる」といった過程に人の手が入っているので、「どこまでをAIによる成果としてよいのか」という見方も出来なくはない。 - *英文の情報をみると、"42,162,500,000 billion billion monkey years"となっており、4溝2162穣5000垓年ではなく、4穣2162秭5000垓猿年(1匹の猿がおよそ4.2×1028年かけて行う作業に相当)である。日本語に訳すときに秭を飛ばしてしまった疑いもあるが、猿が偶然Wikipediaなどにアクセスして偶然にそういう文章を打ってしまった可能性も考えねばならない。
- *尤もその頃には地球どころか銀河系も遥か遠い昔に消滅しているため、猿がシェイクスピアになるためには少なくとも外宇宙で運好く生き延びている必要があるが、いい加減その頃には何らかの進化を遂げているだろうから、運が好ければシェイクスピアへの道程はより縮まるかもしれない(無論、運悪く文字を記すのに向かない進化を果たし、道が更に遠ざかる可能性もある)。
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