雇用改革テコに人の力を伸ばそう
国力の土台は人の力だ。誰もが自らの能力を高める機会に恵まれ、職業を通じて持てる力を発揮できなくてはならない。そのために、雇用分野の規制見直しなどの改革は意義が大きい。
人口が減りつづける日本では、働く人一人ひとりの生産性を上げたり、女性や高齢者などが仕事に就きやすくしたりすることが、とりわけ大事になる。
安倍政権は雇用制度の改革を重要政策のひとつに据える。労働力の減少を補い経済の成長を後押しする成果は出ているだろうか。
カギ握る民間活用
十分とはいえまい。労働者派遣制度の見直しでは、本人が仕事を続けたくても3年で変わらなければならない場合が出てくることになった。これでは逆行だろう。
働く時間ではなく仕事の成果に対して賃金を払う仕組みで、生産性の向上を促す効果を期待できる「脱時間給」制度の新設は、先送りされている。
最も力を入れなければならないのは人の力を埋もれさせないことだ。非正規社員のうち正社員になりたい人が、望みをかなえ仕事の幅を広げられるようにしたい。
労働政策研究・研修機構の調査によれば、就職氷河期に社会に出た35~44歳では、男性の非正規社員のなかで正社員になりたい人は4割を超えている。
正社員では「社内失業」の問題がある。リクルートワークス研究所によると、企業が抱える過剰人員は約400万人にのぼる。女性や高齢者が就業しやすい環境整備も急がなくてはならない。
雇用改革の的は大きく2つある。ひとつは人が、新しい技能や専門性を身につけることの支援だ。自ら職業能力を伸ばすことこそ、活躍の場を広げる出発点だ。
もうひとつは、そうした自助努力がかない、希望する職に就けたり、待遇の良い職に移れたりする環境を整えることである。
企業の役割は大きい。人事・処遇の仕組みや働き方の工夫次第で、生産性を高め女性などが就労しやすい職場をつくることができる。企業の改革と政府の制度改革が両輪で進む必要がある。
第1の能力開発の支援では、企業はもっと人材育成に力を入れるべきだ。厚生労働省の調査によると、企業が従業員1人あたりにかける教育訓練費はリーマン・ショック後、減っている。08年度は3.3万円だったが14年度は2万円だ。人づくりが手薄になれば企業の成長もおぼつかない。
政府には時代の変化に後れを取らない職業訓練の制度づくりが求められる。従来の公共職業訓練はものづくりの技能向上を意識している。産業構造の変化に合わせ、サービスやIT(情報技術)分野の課程を充実させるべきだ。
訓練にITを活用する取り組みも進めたい。ものづくりと違い、サービス分野などの講座は製造設備を使わないので訓練施設でなく自宅で受講できる場合も多い。eラーニング(インターネットを使った遠隔教育)を広げれば多くの人が職業訓練を受けられる。
カギは民間の力を引き出すことだ。民間事業者への訓練の委託をさらに進め、たとえばバウチャー(利用券)方式を取り入れて受講者が自由に講座を選べるようにすれば、事業者間の競争が起こって訓練の質が高まろう。
就職・転職をしやすく
第2の的である就職や転職がしやすい環境づくりでは、人の受け入れ体制の整備が企業に求められる。朝型勤務で残業を抑えるなど、長時間労働の是正は女性の就労を増やすうえで欠かせない。勤務地を限ったり短時間勤務にしたりする「限定正社員」制度は非正規社員の処遇改善に役立つ。
政府の最重要課題は規制改革だ。人材紹介サービスをめぐっては、現在はあっせんから料金の徴収までを1事業者で完結しなければならず、都市部の職業紹介事業者と地方の事業者が連携して求職者に仕事を手当てするのが難しい。こうした規制は見直すべきだ。
国のハローワークの職業紹介業務も、民間開放を進めれば事業者間の競争によってサービス内容が向上しよう。ここでも眼目は民の力をいかに生かすかである。
産業界では1週間の労働時間を社員が選べる仕組みや週休3日制などにより、仕事と家庭生活を両立させやすくする動きがある。企業の創意工夫が問われる。
それだけに働き方の改革や能力開発で経営者と労働組合が議論することは、これまで以上に重要になる。人が活躍できる環境は企業の競争力の源泉でもある。労使は認識を新たにすべきだ。